わたしノープロブレム

野中沙織です。

24歳の振り返り

もうすぐ24歳が終わるので、1年間を振り返ろうとおもって、ざっくりまとめた。


・今の仕事を勉強してまじめにやってみようと思った→飽きた

・今の会社で働き続けようと思った→やっぱ無理→転職することにした

・避けてきた将来の夢を思い出した

・叶えるために必要そうだったから自動車免許を取った→免許合宿

・メルカリにハマった



年末あたりに、このまま死ぬのが急に怖くなって転職することを決めた。今の会社は嫌いではないが納得のいかないやりたくもない作業があまりに多すぎて、働くとはそういうことだと言われるけれど、これから40年間も今の会社にいるかもしれないと思うとゾッとした。

そうやって年末以降は他のことを考えながらぼんやり出勤していたけど、それでも会社はお金をくれるから会社って素敵なところだなって気づいて、みんなが通う理由がなんとなくわかった。


放置していたメルカリを再開してみたら意外とみんな喜んで買ってくれることを知り、わたしがかわいいと思ったものを人が買ってくれるのがたいへんうれしくてメルカリの楽しさに気づいた。商品のピックアップも撮影も梱包もなんら苦ではない。わたしの好きなことって、メルカリだったのか・・・・・・・・・・・。


山形に免許合宿行ったのはレア体験で、基本的に必要最低限の努力しかしないわたしが、わざわざお金をかけて未知の環境に出向いて試験を受けようというのが、おそらく人生で初めてだった。

合宿所では1人部屋でめちゃくちゃ寂しかったけど、自分も1人で暮らせば案外ちゃんとするもんだなと感心した。




そんな感じで明日25歳になり、名乗るつもりはないけど、四捨五入を採用するならアラサーだ。社会人になってからの数年間を見事に棒に振った気がしないでもないけど、巻き返すとしたらもう今しかないんだよなあ、常に今の自分が1番若いって言うもんなあ、言うっていうか物理的にもそうなんだよ。


24歳のわたしといっしょにいてくれた皆様、きみたちのおかげで最高に楽しい24歳になりました。どうもありがとう。この恩は何かしらお返しできるように25歳もがんばるので、何卒。


女の人の眉毛がなぜ大事なのか

 

以前何度か、「垢抜けるにはどうしたらいいですか?」と写真付きで女の子からDMが送られてくることがあったのだが、たぶん全員に「眉毛をなんとかしなさい」と返した気がする。

 

 

 

何年も前は椎名林檎にあこがれて眉毛の後半を剃り落としていたのに、いつのまにか全編通して一分の隙もなく眉毛を描くようになっていた。わたしはもはや、女は眉毛でできていると信じている。

 

 

歳を重ねるごとにひしひしと感じるが、眉毛をきれいに仕上げるのは、外見を整える以上に大きな効果がある。他の女からナメられないってことだ。

 

男からナメられるなんて大した問題じゃない、そもそも男は女であるというだけでちょっと下に見るフシがある(人もいる)からいちいち気にする必要はなく、首を切り落とせば済む話だ。でも女は違う。本来ならば同性にしかわからない苦労を分かち合えるはずの女からナメられるのには理由がある。

 

 

そうそれで、最初に目について、わかりやすくセンスが出るのが眉毛である。

 

髪がプリンになってるとか服が毛玉だらけとかそういうあからさまなダサさじゃなくて、というかそれはダサいというよりもだらしなくて美しさに無頓着なだけだから逆に気にされずにストレートで別世界の住人判定されるだけなのだけど、そうじゃなくて、髪色もきれいだしトリートメントも行き届いていて服もちょっといいもの着てる雰囲気があっても、眉毛で女は決めつけるのだ、この女はセンスが死んでいる、この女の意見は採用する価値が1ミリたりとも存在しないと。

 

眉毛がやばい女上司の指示を本気にしている女部下はたぶんこの世にいない、いるとすれば、その女も眉毛がやばい。

 

 

 

どれだけ眉毛が大事かわかってもらえたでしょうか。半眉毛をやめて全眉毛にたどり着いたわたしが言うんだからまちがいないよ。わたしが半眉毛時代の写真を全然あげないのは見せられないほど顔面の完成度が低いからです。ナメられるとか以前に、そもそも眉毛は顔面のメインパーツだから。

 

 

 

タイムラインで見かけたTwitter有名人の眉毛があまりにやばく、そのツイートとセットかのごとく流れる「眉毛って大事やな #何か見た」を眺めて、やはりわたしの信じる眉毛こそが最大の防御説はまずまちがいないと確信したのだ。

みんな、ふつうの顔面の女の人があげる自撮りにわざわざ言及したりしないのに、その人の眉毛がやばいだけで「眉毛」と言わずにはいられなくなる。

 

 

わたしにDMする前にまずは眉毛だ。どうしたらいいのかわからないなら眉毛サロンに行ってプロに聞くのがいいでしょう。わたしの話が信じられないなら聖書を読んでみてください。”美しい眉毛を手に入れよ さらば与えられん”と書いてあったはずだから。



元彼とはとても儚い

あけましておめでとうございます。新年早々、免許合宿に来ています。

1人部屋で友達もおらずとても孤独ですが、孤独なのは東京でもさして変わらないので気になりません。

気ままにご飯を食べて、アニメを見て、寝る、その合間に運転の勉強する生活も、4日目にしてずいぶん慣れました。

今は、乾燥機が終わるのを待ちながらこれを書いています。

 

 

ツイッターで元彼の話がすごくたくさん流れてきて、すぐ終わると思ってたのに、全然終わらないから、思わずわたしも元彼のことを考えた。

  

わたしは、無理な元彼というのは特にいない。

 

 

以前付き合っていた人たちは、音信不通になった人を除けば(共通の友人もみんな連絡がつかないらしい)、別れてしばらくしてから飲み会などで何度か再会している。

お互いが来ることを知ってるうえで参加して、再会してふつうに話す。

 

 

 

別れた後ですごく嫌いになった人もいて、もともとは、女は元彼が無理になる説を信じたこともあった。

何年かして久しぶりに再会したら、「あーわたしこういうところが好きだったんだろうな…」とすぐにわかったし、嫌うほどの相手じゃないとも思った。

 

 

 

あと話して気づいたが、元彼たちは今、みんな共通してわたしのことをヤバいやつだと思っている。

 

お前みたいなやつ相手にしきれるわけがない、お前を好きになる男は物好きだとか、いやいやどのくちが?みたいな発言が当たり前に飛び出す。

 

復縁を迫られたことも、ワンチャンを狙われたことも、1度だってない。

 

 

 

 

なんか釈然としない点を除けば、かなりいい付き合い方をしたな、と思う。

 

後腐れもなくて、過去のことを思い出して感傷的になることも一切なく、戻りたいなんてもちろん少しも思わない。

過去は単なる過去のまま。

 

わたしの、過去に対する理想どおりである。

 

 

 

何しろわたしは、今好きな人間を愛するので忙しく、過去の人間を嫌うエネルギーを割くわけにはいかないというのもある。

まあ、それもあっさりと過去になるかもしれないんだけど。

 

 

 

 

そういうわけで、元彼には「みんないいやつだったような気がするー」くらいしか思い入れがない。

 

 

一部の人が元彼のことをいちいち無理になってしまうのは、自分の1番かわいい姿を見せたことによって、弱みでも握られたみたいな気持ちになるのかもな〜などと考え、きっとそれはプライドの高い女性なんだろうな、とか、

 

これ以上は余計なことなので終わりにします。

 

 

 

クリスマス前の華金

はてなブログはいいなあ。なんて気楽なんだ。

noteも嫌いではないが、なんだかかしこまった雰囲気があって、雑談には向かない気がする。



来る(きたる)クリスマスに向けて、わたしは陰鬱な気分です。



早くイブも当日も両方平日の年が訪れろよ。「今年クリスマスどうすんの?」「どうもしないよ。あんなのただの平日じゃん」「いや、祝日じゃなかった?」みたいな不毛なやりとりをやめさせてくれ。わたしは週末も祝日も別に好んで予定を入れたりはしないの。だから平日っていうのは「平(常通りの)日」って意味なの。こっちはクリスマスを全然意識してない人のていでいるんだから邪魔すんなよな~


去年のクリスマス、わたしが何していたのか全く思い出せず、やはりクリスマスは平日なんじゃないかと思う。




というか未だに、イベントに対してどういうテンションで向き合えばいいのかわからない。


クリスマス、バレンタイン、ホワイトデー、ハロウィン、自分の誕生日に対してだってそう。



あまりにどうでもいいが、はしゃぐ他人を見て何も感じないほど割り切れてもいない。地獄のような立ち位置にいる。




お祭りごとは好きだ、体育祭文化祭は大好きだった。


でも昨今のイベントは違う。楽しみ方がわからない。男女でいい感じにいい感じしている以外に、愉快爽快に過ごしている人っているのか。



もっとはしゃいだほうがかわいげがあるのかもしれないけど、でもそこまでポップなキャラクターでもないし、本当にわからない。どの姿勢でいるのが1番自分に得なのか、探り続けて25年たつ。



でも恋人いて一緒に過ごそうみたいになったらそれはそれで楽しいと思うんだけど、でもすることはどうせ普段と変わらないし、それってクリスマスがどうってよりは恋人といっしょにいられるならいつでも最高にハッピーだし。


そうだよ、どうせクリスマスなんてなくても人間は恋人や家族と暖かくて素敵な時間を過ごせるんだから、むしろクリスマスの存在は人類にとってマイナスなのではないか?




わたしのサンタさんは中学生のころに「もう疲れたので終わりにします」と母の丸文字で書いてある手紙を添えてストレス社会で戦う人のためのチョコレートGABAを置いて消えた。


サンタも疲れて失踪してしまうようなイベント、サブキャラのわたしが好きになれるわけないね。




今日はクリスマスケーキを買って帰っています。


今わたしをクリスマスに巻き込もうとしてくるのはこの世で父親だけだ。



クリスマス自体はどうでもいいが、家族が揃うのでレアだなあとは思う。


みんなが元気に揃えるうちは、家で食べるケーキ分だけは喜んでクリスマス参加します


高いご飯屋さんが苦手

ちょっとお高い焼肉も、お鮨も、フレンチのコースも、ご馳走してもらった。

 

もちろんおいしかったけど、今のわたしは高級食材の良さがわからないことがわかった。

それどころか、食事しながら眺められるきれいな夜景も、何年もかけて習得されたっぽいシェフの技術も、たぶんよくわからなかった。

 

 

 

高いご飯を食べているときに、「相手が黙って帰ってしまったらどうしよう」といつも思っていた。

わたしには、ここのお会計が払えるだろうか。そりゃあ払えなくはないだろうけど、このご飯のために服を何着か我慢しないといけないだろうな。なんて。

 

「何言ってんの?割り勘だよ」と言われる可能性もあった。

割り勘なら、わたしこんな高いとこ来たくなかったなーと落ち込むとこまでいつも想像した。

 

 

幸い、相手が突然帰ってしまったことも、お金を請求されたこともない。

恵まれた人生だ。

 

 

 

わたしにとって、可処分所得の中でもっとも抑えたいのが食費だ。

 

そもそもの収入がアレなのでアレだけど、できることなら何も食べずに生きていきたい。食費が本当に無駄に感じる。

 

毎日のお昼はコンビニで400円以内に済ませると決めている。

会計を気にしなくていいぶん、ファミレスや激安チェーンの居酒屋のほうが味がする気さえしてくる。

 

 

 

高いご飯屋さんにいると、「わたしは他人のお金でこんなに贅沢な食事をしています。本当はここにいていい人間ではないのです」と申し訳なくなる。

自分がみすぼらしくて仕方ない。

 

 

 

単純に味覚が鈍くて食に疎いのかと思っていた。

 

もし、相手が急に帰ってもそこに友達を呼び出して、愚痴を聞いてもらってお礼にお会計を自分で払えるくらいの余裕ができたら、ご飯ってもっとおいしくなるのかもな。

ネットに自撮りをあげる美人の謎

立て続けに災害が起きていて困る。あすは我が身だ。

 

 

 

 

 

今日は、なぜ美人(イケメン)がSNSに自撮りをあげるのかについて話そうと思う。

 

 

 

幾度となく見かけてきた、「美人は私生活で十分承認されているはずなのに、なぜわざわざネットにも自撮りをあげるのか」というアレだ。

 

これは意訳すると、「ネットに自撮りをあげているということは、現実では全くちやほやされていないのではないか」ということ。

 

 

全くわかってない。

 

 

 

 

人は別に大勢からかわいがられたとして、全知全能の神になるわけではないことは、皆さんも知ってると思う。

 

 

美人にも色々あるので、十二分にモテるけど本命の男には相手にされないとか、仕事が上手くいかないとか、いろんな理由で気持ちに穴が空いてることがある。

 

 

穴が空くとかなり焦るので、それを埋めるために自撮りのアップをする。みんなに褒められることで一時的には満たされることは知っているからだ。

 

 

でもそんなことで穴は埋まるはずはない。

空いた穴は、その原因を解決することでしか埋まらないし、本人たちもきっとそれは知っている。

 

 

だからたぶん、ネットに写真をあげて、みんなからかわいい(かっこいい)とリプライをもらって喜びはすれど、彼女たちが満足することはない。

 

 

 

 

それに気づいてしまったら、もう美人がネットに自撮りをあげるのになんて意味はないし、結局は暇だからで、コミュニケーションの一部でしかない。

 

別に話すことはないけどなんかやり取りしたいときに、LINEでスタンプ送るみたいなものだ。 

 

 

 

 

いろんな人がいるので一概には言えないけど、わたしの予想ではそんな感じである。

 

 

 

 「美人は私生活で十分承認されているはずなのに、なぜわざわざネットにも自撮りをあげるのか」

「本当の美人はネットに自撮りなんてあげない」

「ネットに自撮りあげるくらいだから絶対モテない」

 

これらの発言をしている人は、美人に夢を抱きすぎだし、美人を少しも理解していないので、美人じゃないうえ美人が身近にもいないと思ってほぼまちがいない。

 

自分の機嫌は他人に任せるほかない

9月です。夏が終わりました。

切り替えは大事なのでわたしはニットとコートを探しています。

 

もうあとは年末まで一直線なので今年やり残したことがないようにしたいと思います。

 

 

 

ところで、わたしは自分の機嫌は自分で取る勢の皆様を尊敬しています。

 

 

女性に多く見かけるのですが、「自分の機嫌は自分で取るもん!!」って言ってる人、すごくないですか。

 

 

わたしは自分の機嫌を自分では取れません。

なぜならそもそも機嫌が悪くなるのは他人の言動によるものだからです。

 

 

自分1人で部屋にこもってアニメの鬱シーン見ているときも、休日を寝て潰してしまって起床して時間を見たときも、落ち込みはすれど機嫌が悪くなることはないです。

 

お腹が空いても、自分1人だけならすぐにご飯を食べて機嫌が悪くなる前に収めることができます。

 

 

つまり自分の機嫌は自分で取る勢の皆様は、人にむかつくことを言われて機嫌が傾いても、自分の好きなおやつを食べたり音楽を聞いたりゆっくりお風呂に入ったりして立ち直ることができると言うのでしょうか。

 

他人の尻拭い、わたしのしたくないことランキングのトップ10に入っていそうなくらい無理ですね。

 

 

何かと寝れば直ると言ってくる人もいますが、一晩寝たくらいですっきり忘れられるようなことだったら、始めから機嫌を損ねたりはしません。

 

 

 

わたしは機嫌が悪くなった場合は忘れるほど時間を空けるか、他人に機嫌を取ってもらわないと回復することはできません。

 

 

これはわたしがそうしたくてそうしてるわけじゃありません。

 

わたしの機嫌取りなんてものはたかが知れていて、わたしのやることなんてだいたい読めるし、わたしがわたしのために何かするのなんて当たり前すぎて感動もないし、どうしてもたいした効果がないんです。 

 

 

 

自分の機嫌は自分で取る勢の皆様はすごいと思います。

自分の予想を越える動きをできるのか、それとも必ず機嫌良くなるスイッチを知っているのか。

 

 

 

わたしは大人なので、よっぽどのことがない限り、機嫌を損ねてきた相手以外にストレートな機嫌の悪さをぶつけることはありません。

 

その代わりわたしは忘れるかハッピーなイベントがない限りいつまでもその相手に対して根を持つし、他のどこかでわたしの機嫌を直してくれた人が運良く現れたら幸運を噛みしめてほしい。

 

 

 

そんな女めんどくさいと思いますか?

でも、始めから人の気に触るようなこと言わなきゃいいだけの話だと思うんですよね。

 

 

 

 

そんな感じで今月もよろしくお願いします。